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我が家の御朱印帳 番外編【天叢雲剣】草薙剣

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カテゴリー: 社長ブログ | 神社仏閣歴史巡り(古代史研究)  タグ:  | | | | | | | | | | | | | | |

【天叢雲剣】草薙剣

現在熱田神宮にある草薙剣はレプリカだと言うことは皆さんご承知だと思いますが、では本当の草薙剣は何処にあるのでしょうか?公式には壇ノ浦の戦いに負けた平家の二位の尼が、三種の神器を持って安徳天皇と入水し、海底に沈んだことになっています。

(上記写真はウキペディアから引用)

本日着目したいのは、現在徳之島におられる勝さんと言う方です。勝さんは、源為朝(鎮西八郎)の子孫だそうです。為朝と言えば数々の伝説があります。父為義と共に崇徳上皇側について敗れ伊豆大島に流罪。しかし大島を事実上支配するようになり追討を受け自害したと言われていますが、実は大島を船で脱出して初代琉球王朝の実質的な王になったとも言われています。

周辺の島々を征服したといわれる源為朝は、沖縄本島北部の運天港に上陸した後、大里按司の妹と通じて後の舜天である尊敦を生んだ。(ウキペディアから引用)

その血を引く勝さんが16菊花紋ではなく24菊花紋の墓から天叢雲剣】が出てきたと現在 YouTubeで公開しています。キンゴコブラの頭を彷彿させる部分が柄と鍔に絡んだ刀剣。錆びない火廣金(オリハルコン)で出来ているそうです。もしこれが本当の【天叢雲剣】だとしたら大発見です。

何故キングコブラなのかどうかは勝さんがYouTubeにて語っていますのでご覧になってください。

https://koiyk.amebaownd.com/posts/561114/

勝さん自ら、『私は清和源氏源為朝の子孫=第57代陽成天皇の皇孫=万世一系の天子=イスラエルダビデの子孫です。』
とお話されております。(前記YouTubeにて)

しかし源氏嫡子の棟梁である義朝→頼朝ではなく、何故、別腹の為朝が持っていたのでしょうか?分かりません。謎が残ります。
(為義は後白河天皇についた義朝を跡取りとして認めていなかったのかも知れません。)

それに加えて、既に源平共に天皇家から離脱しているにも拘わらず【天叢雲剣】を所持していたのも私には理解できません。
(武家の棟梁が所持すると言う謂れがあるなら話は別です。)

ここから先は私の勝手な推理ですが、武家の棟梁である源氏の為義が、仮に源氏所縁の剣を所持していたのであれば、保元の乱で敗れた崇徳上皇側について一緒に戦った為朝を跡取りと考え剣を託したのかも知れません。或いは為朝が父から奪ったのかも知れません。

その所縁の剣が【天叢雲剣】なのかどうかは私には分かりません。

但し、その場合は、後白河天皇側についた源氏の棟梁の義朝は、源氏所縁の剣を所持していないことになります。

為義は実子の義朝に切られていますから、一般常識で考えると少し無理があるように思います。

更に違う推理をすると、壇ノ浦で負けた平家の落人が草薙剣を持って琉球、または徳之島に落ち延びたか、それとも剣を納めていた箱が、潮の流れで運よく奄美諸島~琉球に辿り着いたのかも知れません。

私には、真実を知る術がありません。

私の愛読書『日本は世界文明の発祥地』を個人出版された、国際かぐや姫学会の小泉さんの本を読んでいくと色々なことが勉強できます。また現在もYouTubeを公開していますので誰でもご覧になれます。(必見です。)勝さんの事もこちらのYouTubeで知りました。

http://taketori.koiyk.com/

私は、個人的に、小泉さんのYouTubeに何度も出演している自称『神武の子孫』(確かご自身でフジリビアンさんとおっしゃっていましたが、本名かどうかは分かりません。)のファンでもあります。奇想天外な話と思われる方も多分にいると思いますが、全ての領域での知識があり、万葉集や古代文字を紐解き、神話に登場する人物や、地質学、地理、科学、天文学に通じ、今まで誰も語っていなかった歴史やスピリチュアルな話をされています。

今回は、真実かどうかは別として、教科書にはない歴史、または一般的に語られている歴史ではない事柄にスポットをあててみました。

それぞれの判断は皆さんで研究してください。

https://www.orangehouse-ginza.jp/